第3章 光が物質の表面で反射されるとき


updated 2011.07.21

第3章で学ぶこと

この章では、物質の表面で光が反射されるときに起きる光学現象について述べます。
この章では結果をさきに述べます。式の誘導は、付録として付けますので、きちんと理解したい人は、付録までつきあってください。 
機能材料のための量子工学第4章4.1.3参照

光の屈折と反射

光が2つの異なる媒体の間を通り抜けるときどのような現象が起きるかをのべます。
よく知られているように誘電率の異なる媒体の界面では反射がおきるとともに、光が界面に斜めに入射すると屈折が起きます。
一般に反射の際には光の位相の変化も起きます。反射率や位相の変化は媒体の屈折率と消光係数を使って記述できます。

物質表面に光が入射するとき、界面をはさんで入射光・反射光側と透過光側の間には波数ベクトルの界面に平行な成分の連続性および、電界と磁界の界面に平行な成分の連続性が成り立ちます。
これから屈折の法則、反射の法則が導かれます。

光が斜め入射するとき、偏光の向きが入射面に垂直か、面内にあるかで反射率や反射の際の位相の飛びが異なります。
この性質を使って物質の屈折率や消光係数さらには薄膜の厚さなどを精密に求めることができます。この技術はエリプソメトリと呼ばれています。

3.1 偏光とは

前章で扱ったように光は電磁波です。
電磁波には時間とともに振動する電界と磁界があって、それらが空間的にも振動しながら伝わっていきます。電界も磁界も大きさと向きをもっておりベクトルで表されます。電界ベクトルと磁界ベクトルの向きは互いに直交しています。
電界(または磁界)ベクトルの振動の向きが一定の面内にある場合を直線偏光とよびます。

光の偏り(偏光)、偏光面、振動面

直線偏光 一般に電磁波においては、電界ベクトルEと磁界ベクトルHは直交しています。
磁界Hを含む面を偏光面、 電界Eを含む面を振動面といいます。

偏光の発見

リュクサンブール宮殿スケッチ 1808年,ナポレオン軍の陸軍大尉で技術者のE.L. Malus がパリのアンフェル通りの自宅の窓からリュクセンブール宮の窓で反射された夕日を方解石の結晶を回転させながら覗いていた時、偏光の概念を見出しました。
偏光.comのホームページ参照

直線偏光

偏光子 偏光面が一つの平面に限られたような偏光を直線偏光と呼びます。
偏光の向きが時間的空間的に一様に分布している光を自然光といいます。
自然光から直線偏光を取り出すための素子を直線偏光子といいます。

偏光子のいろいろ

直線偏光子には、複屈折偏光子、線二色性偏光子、ワイヤグリッド偏光子、ブリュースタ偏光子などがあります。

複屈折偏光子(偏光プリズム)
偏光プリズム

線二色性偏光子(偏光フィルム)
偏光板

ワイヤグリッド偏光子
ワイヤグリッド偏光子


円偏光

円偏光

ある位置で見た電界(または磁界)ベクトルが時間とともに回転するような偏光を一般に楕円偏光といいます。
光の進行方向に垂直な平面上に電界ベクトルの先端を投影したときその軌跡が円になるものを円偏光といいます.円偏光には右(回り)円偏光と左(回り)円偏光があります。
(どちらが右まわりでどちらが左まわりかは著者により定義が異なっているので注意。 )
円偏光は、直交する2つの直線偏光の合成で、両偏光の振動の位相の間に90°の差がある場合であると考えられます。


3.2 旋光性と円二色性

円偏光

物体に直線偏光を入射したとき、透過してきた光の偏光面がもとの偏光面の方向から回転していたとすると,この物体は自然旋光性を持つといいます。
水晶、ブドウ糖、ショ糖、酒石酸等
これらの物質には原子の並びにらせん構造があって,これが旋光性の原因になります。


旋光性の発見

円偏光

物質の旋光性をはじめて見つけたのは、フランスのArago(1786-1853)で、1811年に,水晶においてこの効果を発見しました。
Aragoは天文学者としても有吊で、子午線の精密な測量をBiot(1774*1862)とともに行い、スペインでスパイと間違われて逮捕されるなど波爛に満ちた一生を送った人です。
ちなみに、Biotはビオ・サヴァールの法則の発見者の1人としても有吊です。
Aragoの発見は Biotに引きつがれ、旋光角が試料の長さに比例することや、旋光角が波長の二乗に反比例すること(旋光分散)等が発見されました。


円二色性 (Circular dichroism: CD)

円二色性の実験

酒石酸の水溶液などでは、右円偏光と左円偏光とに対して吸光度が違うという現象があります。これを円二色性といいます。
この効果を発見したのはAimé Auguste Cotton (1869 - 1951)というフランス人で1869年のことです。
彼は左図のような装置を作って眺めると左と右の円偏光に対して明るさが違うことを発見しました。
円二色性がある物質に直線偏光を入射すると透過光は楕円偏光になります。


酒石酸
酒石酸 ワインは、葡萄果実の酸を持つ酒で、この酸は主として酒石酸である。ワインの中では、大部分が酸性の酒石酸カリウムとして存在している。
この酸性酒石酸カリウムは、非常に溶解度が小さく、時に結晶として析出する。この結晶が「酒石《で、「ワインのダイヤモンド《とも呼ばれている。ワインのボトルを低温下で長期間保存すると、酒石が徐々に析出する。

光学活性

  • 旋光性と円二色性とをあわせて、光学活性と呼びます。一般にこれらの性質は同時に存在します。
  • 直線偏光を円二色性をもつ物質に入射すると、出てくる光は楕円偏光になります。
  • 円二色性をもつ物質においては、旋光性は出円偏光の主軸の回転によって定義されます。
  • 旋光性と円二色性は、後にご紹介するクラマースクローニヒの関係で結びついており、互いに独立ではありません。

  • 3.3 入射面、p偏光、s偏光の定義

    反射の配置図

    図のような座標系を考えます。

  • XY面を境界面としてZの正負で媒質が異なるとします。面に垂直な線を法線と呼びます。
  • 境界面に入射角Ψ0で光が入射します。
  • 光の一部は境界面で反射し、一部は境界面を透過します。反射角をΨ1、透過光の屈折角をΨ2とします。
  • 境界面に垂直で入射光・反射光を含む面を入射面と呼びます。
  • 入射面内で電界が振動する偏光をp偏光と呼びます。pはparallelを表します。
  • 入射面に垂直に電界が振動する偏光をs偏光と呼びます。sはsenkrechtの頭文字で垂直を表すドイツ語です。

  • 3.4 光の屈折の法則(スネルの法則)

    スネルの法則の図

    ここでは入射面について考えます。
    波数ベクトルの界面成分の連続性から
     K0x=K1x=K2x
     K0sinΨ0=K1sinΨ1=K2sinΨ2 (3.1)
    (1)より
     sinΨ2/sinΨ0=K0/K2     (3.2)
    マクスウェルの方程式より
     K0= K1 = ωε11/2/c =ωn1/c
     K2 = ωε21/2/c = ωn2/c
    これらを代入して(2)は
     sinΨ2/sinΨ0= (ωn1/c)/(ωn2/c)=n1/n2 (3.3)
    となって、スネルの法則が得られます。


    3.5 光が斜めに入射するときの反射の法則

  • 反射の際に光の振動電界が受ける振幅の反射率|r|と位相の変化δをまとめて複素数で表したものr=|r|eフレネル係数と称します。
  • 斜め反射の場合、p偏光に対するフレネル係数rpとs偏光に対するフレネル係数rsは異なる値をとります。
  • 光の強度(単位時間のエネルギー)は、電界の絶対値の2乗に比例します。

       I=(ε/2)|E|2 (3.4)

  • このため、光強度の反射率は、フレネル係数rの絶対値の2乗で表されます。

       R=r*r=|r|2 (3.6)

    これは実数で、普通に反射率といえばこれを指します。
  • 当然ながら光強度の反射率もp偏光とs偏光に対して異なった値をとります。
  • p偏光、s偏光に対するフレネル係数の式

    入射光の波数をK0、透過光の波数をK2、入射角をΨ0、出射(屈折)角をΨ2とすると、
    フレネル係数rp=|rp|eiδp、rs=|rs|eiδs

        (3.7)

    K0、K2、Ψ0、Ψ2の間には、スネルの法則(3.3)が成立します。
    すなわち、K0sinΨ0=K2sinΨ2が成立するので上式は

        (3.8)

    と書けます。

    ブリュースター角

    斜め入射の場合の光強度の反射率の式は

        (3.9)

    と書けます。
    もし、ψ0+ψ2=π/2であれば、tanが発散するため、Rpは0となります。
    このとき、反射光はS偏光のみとなります。
    このときの入射角をBrewster angle(ブリュースター角)といいます。

    フレネル係数を入射角Ψ0で記述

    スネルの法則を適用してΨ2をΨ0で表すことにより、フレネル係数をΨ0を使って記述しますと、

        (3.10)

    となります。

    光強度についての反射率R

    第1の媒体が真空、第2の媒体の複素屈折率がNの場合についてp, s両偏光に対する反射率を求めると、下の式であらわされます。

        (3.11)

    となります。

    入射角に依存する反射率

    斜め入射配置 斜め入射の反射率


    左図の配置に基づいて、式(3.11)を用いてN=3+i0の場合について、Rp、Rsをプロットすると右の図のようになります。
    Rpは入射角71.5゚で0となっていることがわかります。この入射角がブリュースター角です。


    吸収のある媒体の斜め入射反射率

    吸収ある場合の斜め入射配置


    図は、複素屈折率がN=2.5+i1.0の場合に計算したRp, Rsの入射角依存性です。
    この場合、Rpは完全にはゼロになりません。
    つまり、金属での反射の場合、屈折率に虚数部があるために、 Rpがゼロになるという意味でのブリュースター角は定義できないのです。


    3.6 エリプソメトリ(偏光解析)

    原理

        rsとrpの比 (3.12)

    ここに Ψ azimuth (方位角)、Δ phase (位相差) です。
    反射は方位角Ψと位相差Δ=δp-δsによって記述できます。
    反射光は一般には楕円偏光になっていますが、 そのp成分とs成分の逆正接角Ψと位相差Δを測定すればεrが求められます。
    (測定には1/4波長板と回転検光子を用います。)この方法を偏光解析またはエリプソメトリといいます。


    エリプソメトリ装置

    空気中から、入射面から45゚傾いた直線偏光(Es=Ep)を、誘電率εr(複素屈折率N=n+iκ)の媒体に入射する場合を考えましょう。
    反射光は一般には楕円偏光になっていますが、そのp成分とs成分の逆正接角Ψと位相差Δを測定すればεrが求められます。
    この方法を偏光解析またはエリプソメトリといいます。

    エリプソ配置図

    Ψ, Δからεr', εr"およびn, κを求めるには

    Ψ, Δから次式でεr', εr"が求められます。

      エリプソで誘電率 (3.13)

    εr', εr"が求まると次式でn, κが求められます。

        n2=(|εr |+ εr')/2 , κ2=(|εr |- εr')/2     (3.14)

    ここに、

        |εr |=(εr'2+εr"2)1/2              (3.15)

    分光エリプソメトリで膜厚が決まるのはなぜ

  • エリプソメトリで求めた薄膜のΨ、Δのスペクトルは、膜の表面と裏面での多重反射と干渉の効果を含んでいる「見かけ《のものです。
  • 真の屈折率・消光係数の波長依存性と膜厚を仮定してシミュレーションを行い、実験で得られたスペクトルと最も一致する膜厚を求めるようなソフトウェアが組み込まれているのです。
  • 従って、場合によっては、真の光学定数を一意的に決められないこともあるのです。
  • 参考書:工藤恵栄"分光の基礎と応用"(オーム社、1985)

    3.7 光が垂直入射するときの反射の法則

    垂直入射の場合、Ψ0=0、従ってΨ1=0。
    このとき電界に対するフレネル係数rとして、

       垂直入射反射率      (3.16)

    を得ます。これより、媒質1が真空(N0=1+i0)のとき

       真空から垂直入射の反射率     (3.17)

    を得ます。これより

       垂直入射の強度の反射率     (3.18)

    誘電率を光学定数n, κで表すと

       n κによる垂直入射の強度の反射率     (3.19)

    が得られます。

    垂直入射の光強度反射率と位相

    Rr*r=|r|2は光強度の反射率、θは反射の際の位相のずれを表します。

       R θをn, κで表す。       (3.20)

    逆に解いて

       n, κをR θで表す。       (3.21)

    3.8 反射スペクトルから吸収スペクトルを求める

    反射スペクトルR(ω)を広いエネルギー範囲で測定すると、
    数学的な解析を使って、位相シフトのスペクトルθ(ω)を求めることができます。
    物理の応答を表す量の実数部と虚数部の間には、クラマースクローニヒの関係が成り立ちます。

    クラマース・クローニヒの関係式

    応答を表す物理量の実数部と虚数部の間には次の関係式が成立します。 

       誘電率の実数部と虚数部の関係  (3.22)

    ここに、Pは積分の主値を表し、次式で定義されます。

       積分の主値の定義   (3.23)

    クラマース・クローニヒ変換の微分性

    第2式を部分積分すると

       クラマースクローニヒ関係式を部分積分       (3.24)

    右辺の第1項は0なので、結局第2項のみとなります。被積分関数はω’~ω付近で大きい値をとるので、ε“はε‘の微分形に近いスペクトル形状を示すことになります。
    ε‘がピークを持つωではε“は急激に変化し、 ε’が急激に変化するω付近でε”は極大 (または極小)を示します。

    以下、工事中

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